2.学校交流の実施報告
お茶の水女子大学付属高等学校と台北市立第一高級中学の学校交流が行われた。
当協会はお茶の水女子大学付属高等学校が台北市立第一女子高級中学を訪問して交流を深めたいとの希望を実現する
橋渡しを
してき
ました。この働きかけが
実り
、25年10月20日〜24日まで一行24人が四泊五日の日程で実施した。
実施までの協会の主な活動は以下の通りです。
1.5月22日協会役員が大阪で修学旅行中の台北市立第一 女子高級中学校長張碧娟女士と面会協議の結果受け
入れの内諾を得た。
2. 5月以降両校の希望を伝え、具体化の橋渡しを行った。その結果、実施計画が固まった。
3. この事業に当協会のお願いで、現在まで応援していただいた主なものは次の通りです。
○ 台北駐日経済文化代表處 7月19日付属高校の終業式で「今日台湾」の映画上映、「台湾の人々と文化」の
講話 講師教育組秘書
王鴻鳴氏が行った。
○ 台湾観光協会東京事務所 台湾紹介資料「台湾まるごとガイド」「台湾教育旅行マニュアル」「台湾マップ」
の寄贈を受け、参加者全員に配布した。
○ 台湾マンゴー 大10箱を台湾物産館社長藤田克己氏から寄贈を受けたので、生徒に台湾の味を堪能してもらった。 ○ 有志から集まった寄付を旅行経費に援助した。
○ 9月18日午後4時から付属高校で台湾のテノール歌手 張瑞銘氏による
台湾歌曲と民謡二曲の歌唱指導をお願い
した。台湾の学校交流交歓会で歌いました。
○
富士山が世界遺産になったので富士山の美しい姿を台湾の生徒に紹介したいと、山梨県富士河口湖町役場に
相談し、 同 町の好意で四季の富士山のポスターの贈与をうけることが出来たので、これを両校に贈呈した。
4.
お茶の水女子大学付属高等学校台湾研修旅行団は平成27年10月20日〜24日4泊5日の日程で成田空港を出発した。
22日台北市立第一女子高級中学を訪問し授業、クラブ活動を共にした。歓迎交歓会で付属高は予習した台湾の
民謡などを歌い、盛り上がりのある楽しいひと時になった。同夜は生徒の家にショートステイして親善交流は
いっそう深いものになった。
23日新竹のサイエンスパークを見学した。規模の大きさに驚くと共に展示室には新製品の説明がなされており、
台湾の技術水準の高さが判った。国立台湾戯曲学院では学院の生徒と昼食を取りながら懇談した。
ここでは京劇のメイクのポイントを実習した。またプロによる演技を鑑賞し、京劇のすばらしさを味わって古典
芸能の一端に触れることができた。
そのほかなどの名称旧跡を見学した。最終日は台湾日本人会を訪ね、台湾での日本人や企業の活躍について
話を聴いた。台湾には日本統治50年の歴史があり、その後の台湾の人々の努力によって今日のすばらしい台湾が
あることを学び研修のまとめになった。 研修旅行団は目的を果たし無事帰国した。
5.この旅行の実施に当り、当協会の要請に応じて台北駐日経済文化代表處、亜東関係協会及び台湾観光協会東京
事務所の協力 をいただきました。
6.「ご寄付ありがとうございました」
お茶の水女子大学付属高等学校と台北市立第一女子高級中学との交流の実施に際し下記の方々の寄付をいただき
ました。
ありがとうございました。紙上を借りて厚く御礼申し上げます。(敬称略)
五十嵐幸枝 中田芳子 池田玲子 山下越越子 加藤美智子(以上の方は旧台北一高女関係者)
岡村悦子 江波戸つぎ 小野田弘子 高木信一 田代實範
この寄付金は総額で233,000円になり、生徒の旅行日費、援助金、協会の活動費など交流事業に全額充てました。
寄付をいただいた方々をはじめ旅行社、関係者のご協力で生徒は低廉な費用で旅行に行くことができました。
迎賓館の両校生徒
7.お茶の水女子大学付属高等学校「研究紀要」に台湾研修旅行の内容、実施状況、成果が報告された。
(協会に紀要が寄贈されたので台湾文庫に所蔵)
「研究紀要」2013年度、第59号
グローバル人材育成の試み(2)―台湾研修旅行を実施して―
副校長 石井朋子 菊池美千世 石出みどり
8.26年9月26日、協会役員はお茶の水女子大学附属高校を訪問し、26年度台湾研修旅行が10月22日〜25日の日程で
行われ、台北市立 第一女子高級中学と交流するのを祝し、生徒の学習参考資料に下記の新刊書籍3セットを贈呈
した。
台湾の礎を築いた日本人たち 緒方秀樹著
若者に知ってほしい台湾の歴史 古川勝三著
9.交流記念に北一女で「枝垂れ桜」の贈呈式が行われた。北一女張碧娟校長、教員、生徒、協会理事加藤美智子、
通訳張文芳友愛グループ代表が集い、贈呈式が行われた。協会は交流記念に「枝垂れ桜」を19本贈呈した。
これに対し北一女からは感謝状が授与された。桜の苗木は出席者全員の手で植えられた。学校はこの日のために
「NPO ベーシックライフインフォメーション協会」と大書した大横幕を会場に掲出して歓迎と感謝の意を表された。 桜は千葉県の協力者から無償で贈られたものである。
10.台北駐日経済文化代表處を表敬訪問、両校を紹介
平成26年5月28日、協会理事長等は台北市立第一女子高級中学張碧娟校長、お茶の水女子大付属高校村田容常校長
北一女OB12人を代表處に案内し、沈斬淳代表に両校長を紹介した。沈代表と同席された沈夫人は北一女の卒業生
でもあり一同の懇談は弾んだ。
今後の交流がいっそう進むように努めることを確認した。
11.平成26年9月17日、両校が交流協定書に署名した。
12.平成26年11月13日、代表處教育組林文通組長がお茶の水女子大付属高村田容常校長を訪問し、交流協定締結に
祝意を表され学内を見学された。当日は林組長、西江代表處職員、付属高校村田校長、菊池美千世副校長、協会
田代理事長、浅田副理事長、加藤理事が揃って見学し、、その後学生食堂でランチを共にして懇談した。
13.交流記念の桜を付属高校校庭に植樹した。
平成27年2月4日お茶の水女子大付属高校庭に両校交流協定締結記念の植樹を行った。千葉在住の協力者から
贈られた「枝垂れ桜」を田代、浅田、加藤、池ヶ谷の協会幹部が校庭の一隅に植え込んだ。
3.「オール台湾デー」華やかに開く
雪の中を百余人の参加者
「オール台湾デー」が28年11月24日午後1時から6時30分まで練馬産業公社ココネリホールで開かれた。
台北駐日経済文化代表処、謝長廷代表 パネル展示
からのスタンド花
第1部・映画「空を拓く〜建築家・郭茂林という男〜」
「空を拓く〜」は日本初の超高層ビル 霞が関ビルを手掛けた台湾人建築家郭茂林氏を取り上げている。彼は日本の
統治下時代、台北工業学校を卒業し、青雲の志を抱いて上京した。努力と研鑽で技術を修め、人柄と相俟った指導力
で超高層ビル建設プロジェクトを牽引した。その力は何か。
映画は霞が関ビル、池袋サンシャイン60など最先端の高層ビル建設を画期的な新技術によって成し遂げていった当
時のプロジェクトの模様や郭茂林氏が故郷・台湾を訪問した際の様子など氏の生涯にわたる姿が描かれており、多く
の観客が熱心に見入っていた。
休憩 休憩時間には参加者が熱心に展示パネルを読む姿が見られた。
第2部・講演「知られざる台湾」
第2部開会冒頭、田代實範理事長があいさつに立ち、参加者、協力者に謝意を表し協会の紹介をおこなった。
第2部では、筑波大学 生命環境系 細胞組織再生工学研究室の王 碧昭教授をお招きし、「知られざる台湾」
というテーマで講演が行われた。王先生のご専門は生命産業科学。今回は、台湾島の地質学的成り立ちに始まり、
「南島語族(オーストロネシア語族)」の起源が台湾であること、中世以降の諸国による台湾島統治から現在に
至る歴史の変遷などを、台湾の風景の写真を交えつつ、判り易くご教授してくださった。以下その内容の一部である。
(1)「南島語族(オーストロネシア語族)」は台湾が起源
「南島語族(オーストロネシア語族)」とは、台湾から東南アジア、太平洋の島々(ポリネシア)にまで広がる
語族。人類の起源であるアフリカ大陸から移動してきた南島語族は、先史時代、まだ陸続きであった台湾島へ到着
した。当時台湾がまだ島でなかったことは「台湾」の名称の由来とった原住民語が「海に近い地」という意味で
あったことからもわかる 。
交易品などの考古学的資料から、南島語族は台湾を起源とし、台湾から南洋地域へ移動していったことが明らか
になっている。この南方語族人たちが、現在も台湾島に暮す台湾原住民で、中国との貿易が始まる以前から陸稲
栽培をおこなっていたことも発見されている。
(2)諸国による統治の歴史と漢族の流入
十六世紀、ポルトガルにより「フォルモサ(ポルトガル語で「美しい島」の意)」の名で知られるようになった。1622年、オランダが澎湖島を占拠し、ここに東インド会社の東アジアの貿易拠点を置いた。
その後台南に台湾最古の城・ゼーランジャ城(現在の安平古堡]を築いた。これはオランダが北アメリカでマンハッタン島を開発したのと同時期のことである。また、台湾島北部にはスペインが進出していたが、オランダはこれを駆逐した。
オランダは台湾原住民のキリスト教化を進めるとともに、漢民族の移住を実施した。とはいえ、1662年のオランダ
統治終了時、台湾の人口30万人のうち、漢民族は2%にすぎなかった。
また、同時代(17世紀)には、「大肚王国」という、20の原住民部族が連盟した台湾初の王国が存在した。その
後、鄭成功による漢民族政権はわずか3代で終了した。清朝統治時期には、台湾の平地原住民・平埔族と漢族との混血
がすすんだ。これは平埔族が女系子孫に土地を継承させる文化を持っていたためである。
清朝統治終了時の台湾の人口は300万人、うち平埔族と漢族が85%を占め、原住民は15〜18%となった。
そして1895年に台湾は日本の統治下となり、1945年までその時代が続いた。 日本統治時代には日本の水利
技術者・八田與一氏が烏山頭ダム・嘉南大?の建設によって台湾の農業に大きく貢献した。
講演後質疑応答があり参加者からは次々と質問が出た。八田與一氏の90歳の甥八田誠二氏の発言もあって貴重な機会となった。
筑波大学生命環境学研究科 王碧昭教授 講談師 一龍斎貞花先生
第3部・映画「パッテンライ」
「パッテンライ」は台湾の不毛の大地に命を吹き込んだ男の物語である。
日本の統治下時代、台湾の南西部を占める不毛の嘉南平原を緑の大地に変えるためにダムと灌漑水路の建設を担った
のが若き日本人技術者八田與一氏であった。完成前の苦闘の姿と今も緑の田畑がもたらす恵みに感謝している農民の
姿をア二メーシヨン映画で描いた。
上映には製作者の虫プロダクション株式会社社長伊藤叡氏、八田誠二氏が出席。また開幕冒頭に、郭茂林や八田與一
を題材にした講談を手掛けている講談師・一龍斎貞花氏があいさつに立ち軽妙な語り口で台湾に関するさらなるエピソードを紹介された。
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12.「医学の進歩を知り台湾の歌曲を楽しみながら食を堪能する会」実施報告
(平成25年11月4日 於東明大飯店)
この会 は60名の参加者でにぎわった。台湾の方が39人もおられて日本と台湾の親善友好を目指している本会に
とって嬉しいことであった。 まず入江先生は「心臓血管外科最新治療法」について映像を使って心臓の働きを見
せながら高度な治療をする有様をやさしく解説された。インドの病院に招聘されて心臓外科手術をした様子は彼我
の医療の現状を知ることができて参考になった。この講話は我々の日ごろの健康管理、今日の医療技術の高さ、医療
研究の日進月歩を知ることができた貴重なものであった。
歌は張・入江ご夫妻が日本の「里の秋」「荒城の月」、台湾歌謡の「望春風」「雨夜花」などのほか、
イタリア歌曲も加えて熱唱された。何度聴いてもいつも新鮮な歌唱に心を打たれる。
食は温和栄料理長が腕を振るっただけあって美味しいと好評であった。紹興酒は台湾産が提供された。料理も飲み物
も充分出て一同満足したように見受けられた。皆さん和気あいあいのうちに散会となった。
心臓血管外科の講話 二胡に合わせて独唱
〒177-0041
東京都練馬区石神井町6-12-3
TEL/FAX 090-2906-9876
Mail:basiclifeinfo1130@gmail.com
13.台湾映画の上映会
年2〜3回会員向けにミニ映画会を行っている。会を開くことで台湾への認識を深め、
相互の親睦交流を図っている。
平成25年8月18日 練馬区障害学習センター
平成26年3月 7日 練馬区サンライフ練馬
8月10日 同上
平成27年3月10日 協会
参加者 毎回10〜13名
14.文化講演会

平成26年9月7日、練馬区立障害学習センターで開いた「日漢文化の比較」と題し、
光田明正氏(長崎外国語大学学長、桜美林大学孔子学院名誉教授)が講演を行った。
「漢文明を抜きにしては考えられない日本文化であるが摂取したものを全て和風化
している。日漢文化の同質性、異質性を説いた」。参加者は定員いっぱいの30人、
練馬の区民が多かった。アンケートの提出者19人全員が「よかった」の評価であった。
講演内容は本会報第8号に全文収録し閲覧可能です。